子どもが高校を中退した。あるいは、もうすぐしそうだ。

その状況で「高校中退 親の気持ち」と検索する方は、たぶん、誰にも言えない状態なのだと思います。周りの親には話しづらい。本人にはもっと言えない。夜になると、自分の育て方のどこが悪かったのかを延々と遡ってしまう——。

私は、その「子ども」の側だった人間です。

正確に書くと、私は高校を中退していません。中学で学校に行けなくなり、通信制高校に進んで、4年かけて卒業しました。 形は違いますが、「わが子がレールを外れた」という時間を親に過ごさせた側です。そしていまは自分が二児の親で、店では通信制の高校生を12人以上雇ってきました。

この記事では、当時の子どもから親がどう見えていたかを、20年後の答え合わせとして書きます。慰めではなく、私が実際に知っていることだけを書きます。

子どもは、親の気持ちを見ていないようで見ています

最初に、当時の私から見えていた景色を書きます。

これを読んでいる親御さんに伝えたいのは、「隠しきれていませんよ」という話ではありません。逆です。

親の動揺が伝わること自体は、たぶん避けられないし、それで何かが壊れるわけでもないということです。私は親の引け目に気づいていましたが、そのせいで親を嫌いになったわけではありません。子どもが見ているのは、動揺があるかないかではなく、その動揺が自分への攻撃に変わるかどうかです。

泣いてしまった夜があっても、翌日に「あんたのせいで」と言わなければ、子どもにとってそれは「親も苦しんでいる」という事実として残るだけです。少なくとも私は、そうでした。

泣いてしまう夜について

「高校中退 親 泣く」という検索も、実際にあります。夜、本人が寝たあとに泣いてしまう。自分でも止められない。そういう状態の方が、この記事を読んでいるかもしれません。

子ども側だった人間として、これだけは先に言わせてください。

泣くほど苦しんでいることは、育て方を間違えた証拠ではありません。それだけ本気で向き合ってきた証拠です。 どうでもよければ、泣きません。

ひとつだけ、実務的なことを添えます。この種のしんどさは、家の中だけで抱えると煮詰まります。学校の相談窓口や自治体の教育相談など、親が話せる場所は本人の在籍状態に関わらず使えます。 子どものための窓口に見えますが、親が話しに行っていい場所です。

そして、泣いた夜の翌日にできることが、次の章からの話です。気持ちの整理を終えてから動くのではなく、動きながら整理していく——私の見てきた範囲では、その順番のほうが、親も本人も早く楽になります。

「誰のせいか」を探す作業について

夜中に自分の育て方を遡ってしまう——その作業について、子ども側から言えることがあります。

正直に書くと、私自身、当時「親のせいだ」と思ったことはあります。ただ、その気持ちは20年のあいだに大きく形を変えました。自分が親になったことが転機です。この話は一本の記事として別に書いたので、いま自分を責めている方はそちらを読んでください——「不登校は親のせい」と責められている方へ

ここでは結論だけ置きます。子どもが渦中で抱く「親のせい」は、最終的な答えではありませんでした。 渦中の感情を、確定した評決のように受け取らないでほしいのです。

20年後の私が、親に感謝していること

では、子どもの側は何を覚えているのか。答え合わせを書きます。

覚えているのは言葉ではなく、行動の形でした。これは、いま苦しんでいる親御さんにとって希望になる話だと思っています。かける言葉を間違えたかどうかを心配しなくていい。少なくとも私が20年後に覚えているのは、そこではありませんでした。

中退した子の「その後」を、私は雇う側として見ています

「この子はこの先、社会でやっていけるのか」——親の不安のいちばん深いところは、たぶんここだと思います。

私はいま、その「その後」を日常的に見る側にいます。

全員がこうなるとは言いません。続かない子も一定数いるのが、雇う側としての正直な観察です。ただ、20年見てきて確信していることがひとつあります。

自分に合う環境が見つからなかっただけで、環境が合えば花開く子は、本当にいっぱいいる。 前の学校に合わなかったという事実は、その子の能力の判定ではありません。判定だと感じてしまうのは、いまがいちばん近くでその事実を見ている時期だからです。

中退後の進路の実務(編入・高卒認定・単位の引き継ぎ)は高校中退は人生終わり?に、雇う側から見える景色の全体はN高生4人と働いてわかったことにまとめています。

いま、親にできること

気持ちの整理と並行して、実務の話をします。私が「された側」として一番効いたと思う順です。

1. 責任の所在探しを、意識して打ち切る

前述のとおり、この問いには答えが出ません。出ない問いに使っている体力を、次の一手に回す——これは冷たい割り切りではなく、子どものためになる資源配分です。

2. 理由は、遠回りして聞く

3. 選択肢を、見えるところに揃える

放置とは違います。決めるのは本人のままで、「道はひとつじゃない」という事実だけを先に家の中に存在させておく。私の親がやったのは、結局これでした。

選択肢の柱になるのは編入学です。編入学とは、高校を辞めたあとで別の高校に入り直す制度です。 前の高校で修得した単位を引き継げる場合があり、通った期間はゼロになりません。

いまなら選択肢は当時より多く、情報も取りやすくなっています。編入を受け入れている通信制高校は珍しくなく、入学時期を年に複数回設けている学校もあります。たとえばN高グループは4月・7月・10月・1月の年4回で、生徒数は36,371名(2026年3月末時点・公式の学校案内より)。「レールを外れた子の特別な受け皿」ではなく、大きな進路の一つになっています。

資料請求がどういうものか——何が届くか、勧誘はどうか——は、私が自分で試してN高に資料請求してみたに記録しました。取り寄せる=入学を決めることではありません。 選択肢を物として家に置く、それだけの道具として使えます。

4. 夫婦で温度が違っても、揃えようとしなくていい

これも実務として書いておきます。

5. 今週できる段取りを、親が先に済ませておく

最後に、感情と関係なく手を動かせる実務を置いておきます。進路の手続きには、本人でなくても進められる部分がけっこうあります。

2番目は、私がいちばん強調したい部分です。学校とのやり取りは、離れた本人にとって最も重い作業です。そこだけ親が引き受けるだけで、進路の話は驚くほど軽くなります。 出願手続きの全体はN高の出願はいつ?に整理しました。

最後に:あなたの顔を、子どもは覚えています

まとめの前に、ひとつだけ。

この記事の冒頭で、「子どもは親の気持ちを見ている」と書きました。それは監視されているという意味ではなく、回復したあとに、ちゃんと思い出せるという意味でもあります。

私は20年経って、言いづらそうにしていた親の顔を覚えています。資料を置いてくれたことを覚えています。そして、その記憶は責める材料ではなく、感謝の材料になっています。

いまのあなたの苦しさは、子どもに伝わっているかもしれません。でもそれは、いつか「あのとき親も必死だった」という形で思い出されるものです。少なくとも私の場合は、そうなりました。

まとめ

子どもの側だった人間からの答え合わせを、5つに絞ります。

  • 親の動揺は伝わっていました。でも壊すのは動揺ではなく、動揺が攻撃に変わったときです
  • 「誰のせいか」は、本人の中でも答えが出ていない問いです。探す作業は打ち切っていい
  • 20年後に覚えているのは言葉ではなく、選択肢を用意してくれたという行動でした
  • 雇う側として見てきた実感——環境が合えば花開く子は、本当にいます
  • いまできる実務は、責めない・遠回りして聞く・選択肢を見えるところに置くの3つです

この記事に「こうすれば解決する」という魔法は書けませんでした。代わりに書いたのは、20年後に子どもの側から見えた景色です。あなたの家の20年後が同じになる保証はありません。でも、渦中の景色が最終回ではないことだけは、通ってきた人間として断言できないまでも——私の家では、そうではありませんでした

進路の具体的な道筋は高校中退は人生終わり?に、不登校の段階での親の動き方は不登校の子の進路、親にできることに書いています。自分を責める気持ちが強い方は「不登校は親のせい」と責められている方へを先に読んでください。あの記事は、そのために書きました。