「学校に行けない」と言われたとき、この先どうなるんだろうと、頭が真っ白になった方もいるかもしれません。

私は、中学1年の途中から学校に行けなくなりました。不登校から通信制高校へという道をたどった一人です。2年生のときに登校できたのは、最初の1日だけです。そこから親のすすめで通信制高校に進み、なんとか卒業して、いまは複数の事業を経営しながら二児の親をしています。

この記事は、統計やデータの話ではありません。当時の私が何を考えていて、通信制を選んでどうだったのか、そして社会に出てからどうなったのかを、できるだけ正直に書いたものです。

いま同じ状況にいるお子さんや、その親御さんが「こういう道もあるのか」と知るきっかけになればと思っています。

中学1年の途中から、学校に行けなくなりました

はっきりした理由を、ひとことで説明できたらよかったのですが、正直、自分でもよくわかりませんでした。

きっかけとして思い当たるのは、親の転勤にともなう転校です。新しい学校の人間関係にうまく入れないまま、少しずつ足が遠のいていきました。1年生の途中から休みがちになり、2年生で登校できたのは最初の1日だけ。それ以降は、ほとんど家にいました。

家では、昼夜逆転してゲームばかりしていました

いま思い出しても、健全な生活ではありませんでした。

このころ一番怖かったのは、勉強が遅れることよりも「このまま自分はどうなるんだろう」という、先の見えなさでした。将来を具体的に想像できなくて、考えると苦しくなるから、考えないようにしていた——そんな感覚だったと思います。

親は、特に何も言ってきませんでした

これは、あとから振り返って気づいたことです。

私の親は、学校のことをほとんど何も言いませんでした。「行きなさい」とも「行かなくていい」とも、強くは言わなかったのです。

理由のひとつは、たぶん転勤で転校させたことに、親のほうが引け目を感じていたからだと思います。言いづらかったのだろうな、といまなら想像がつきます。

当時の私は、それを深く考えていませんでした。ただ、責められなかったことで、家の中に居場所は残っていた気がします。

3年生になって、少しだけ勉強を始めました

3年生になると、さすがに進路のことが頭をよぎるようになりました。急に意識が変わって、家で勉強を始めてみたのです。

でも、一人だとどうしても続きませんでした

それに、大事な授業を休み続けていたので、そもそも基礎が追いついていない。教科書を開いても、どこがわからないのかがわからない。そんな状態でした。

高校をどうするか——「行きたい自分」と「行きたくない自分」がいました

進路を決める時期になって、家族でも何度か話をしました。選択肢として出たのは、全日制、定時制、そして通信制です。

いま同じ時期にいる方のために、それぞれの入試で内申点や出席日数がどう扱われるのかは、不登校から高校受験はできる?で文部科学省の資料をあたって整理しました(高卒認定を含めた4つの道として並べています)。ここから先は、当時の私が何を考えて通信制を選んだかという話です。

このとき、自分の中には相反する2つの気持ちがありました。

「学校に行くか、行かないか」の二択で考えていたときは、どちらも選べませんでした。行くのは怖い。でも、まったく行かないのも不安。その中間があると知ったことが、私にとっては大きかったのだと思います。

全日制を選ばなかった、いちばんの理由

学力の問題も、もちろんありました。ただ、それ以上に大きかったのは人の目です。

私は昔から、人からどう見られているかが気になるタイプでした。そして地元の全日制高校に進むということは、中学で不登校だった自分を知っている人たちと、また同じ学校になるということです。

その状況で、うまくやれる自信がありませんでした。

決め手は「月に数回だけ通えばいい」ということでした

親が通信制高校の資料を取り寄せてくれて、内容を見たときに、いちばん魅力に感じたのが登校の回数でした。

毎日通うのは、正直きつい。でも、まったく通わないのも社会から離れてしまう気がする。月に数回"だけ"行けばいい、という距離感が、当時の私にはちょうどよかったのです。

いま振り返ると、あの資料が最初の一歩でした。親が決めてしまうのでもなく、放っておくのでもなく、選択肢を並べてくれたのがちょうどよかったのだと思っています。

通信制に入ってからのこと

ここからは、実際に通ってみてどうだったかを書きます。

なお、私が通ったのはN高等学校ではなく、別の通信制高校です。時期も20年ほど前になるので、いまの通信制高校とは違う部分もあります。その前提で読んでいただければと思います。

生徒層は、思っていたのとは違いました

通信制と聞いて、少し身構える方もいるかもしれません。私も入学前は、どんな人がいるんだろうと不安でした。

実際に通ってみた体感では、こんな割合でした。

生徒のタイプ体感の割合
おとなしい、不登校を経験してきたタイプ6割
見た目が少しやんちゃなタイプ2割
いわゆる普通の子1割
年配の方(学び直しの方)1割

いちばん多いのは、私と同じように学校に行けなかった経験のある、おとなしいタイプでした。

なお、店で一緒に働いているN高生の話を聞くかぎり、いまのN高はインドア寄りの生徒が多いそうです。ゲームやクリエイティブ系の目標があって選んでいる子も多く、私の時代とはかなり雰囲気が違うようです。

レポートは量が少ない。でも、一人だと続きませんでした

ここは正直に書きます。

課題(レポート)の量は、いま思えばめちゃくちゃ少なかったです。全日制の宿題に比べれば、比べものにならないくらいの分量でした。

それでも、私は一人だとどうしても続きませんでした

「量が少ないから大丈夫」と言い切る記事もありますが、私の実感は少し違います。量の問題ではなく、自分で管理する仕組みがあるかどうかの問題でした。

だからもし、お子さんが「一人で計画的に進めるのが苦手」なタイプなら、メンターや担任のサポートがどの程度あるかを、学校選びの段階で確認しておくことをおすすめします。いまの通信制高校の多くは、当時よりもこの部分のサポートが手厚くなっています。

いちばん大きかったのは「4年かけて卒業する」という選択でした

これは、この記事でいちばん伝えたいことかもしれません。

通信制高校の多くは単位制で、必ずしも3年で卒業しなくてもいい仕組みになっています。私は4年かけて卒業する道を選びました

そして、卒業できた最大の理由もここに関係しています。

「若干サボっても、どうにかなる」設計だったことです。

  • テストは、授業にきちんと出ていればギリギリ赤点を回避できるライン
  • 赤点を取ったこともありますが、一夜漬けでどうにかなりました
  • 寝坊したり休んだりしても、ギリギリ単位が足りる余裕があった

完璧にやらないと卒業できない仕組みだったら、私は途中で折れていたと思います。

自信が戻ってきた、2つの出来事

通信制に入ったからといって、すぐに前向きになれたわけではありません。入学して最初のころは、やっぱり不安で、自分のことでいっぱいいっぱいでした。

それでも、はっきり覚えている出来事が2つあります。

最後のテストで、2教科100点を取りました

普段の私は、勉強にあまり力を入れていませんでした。「赤点さえ回避できればいいや」というくらいの気持ちで、成績も真ん中あたりです。

でも、最後のテストだけは本気で勉強してみました

声をかけられる側から、声をかける側になりました

もうひとつは、人間関係のことです。

友達については、正直「できたり、できなかったり」でした。仲良くなっても相手が来なくなったり、選択している授業が違って会わなくなったり。通信制ならではの難しさは確かにあります。

ただ、上級生になったころ、自分でも意外な行動をとりました。

助けられる側から、声をかける側になった。いま振り返ると、あれが「自信が戻ってきた」ということだったのだと思います。

そして、通信制で出会った関係が10年以上続いているという事実は、「通信制だと友達ができない」という不安に対する、私なりの答えでもあります。

卒業して、社会に出てから

結論から書くと、社会に出てから学歴で困った場面は、ほとんどありませんでした。ここでは就職の経緯と、いま採用する側になって思うことを書きます。

ただし、これは私一人の20年です。店で雇ってきた元不登校の子たちがその後どうなったかと、公的な追跡調査の数字を並べたものは不登校の子の将来はどうなる?にあります。続いた子も、続かなかった子もいます。

就職、そして回り道

卒業後は、学校の推薦枠を使って販売の仕事に就きました。学校紹介の会社だったこともあり、通信制であることを面接で深く問われた記憶はありません。

そこから先は、正直きれいな道のりではありません。数年で辞めて、家族の会社を手伝い、人の管理を覚えて、独立。いまはITの会社と店舗を経営しています。回り道だらけでしたが、その中で学歴が壁になった場面はほとんどなかった——これが実感です。

就職の詳しい経緯や、学歴の扱われ方の実際は、通信制高校から就職はできる?にまとめて書いています。

いまは、通信制の子を雇う側に

不思議な巡り合わせですが、いま私の店では現役のN高生4人がアルバイトとして働いてくれています。

かつて通信制に助けられた自分が、通信制の子たちを雇っている。彼らから聞く学校の話は私の時代とはずいぶん違っていて、その様子は在校生4人に聞いた評判に書きました。採用する側から見た働きぶりの実際は、N高生4人と働いてわかったことに書きました。

通信制の4年間が残してくれたもの

通信制で何を得たかと聞かれたら、卒業資格でも学力でもなく、「自分のペースを自分で調整する力」と答えます。しんどいときに手前で休む。完璧を目指さず、続くやり方を選ぶ。経営というプレッシャーのかかる仕事をメンタルを折らずに続けられているのは、あの4年間で覚えたこの感覚のおかげです(詳しくは就職の記事で「サボる力」として書きました)。

正直に書いておきたいこと

ここまで前向きなことを書いてきましたが、いいことばかりではありませんでした。

いまも少しだけ残っている気持ち

当時つらかったこと

  • 当時は通信制がまだ珍しく、「通信制に通っている」と人に言うことに、小さな引け目がありました
  • 平日の昼間に外にいるだけで、周りの目が気になる時期もありました

いまは通信制の生徒数が大きく増え、社会の見方も変わりました。この種のつらさは、当時より確実に小さくなっていると思います。この「言いづらさ」については、「N高等学校は恥ずかしい?」と検索したあなたへで、当時の気持ちとその後の変化をもう少し丁寧に書きました。

そして、学校生活で嫌な気持ちになることも、もちろんありました。ただ——そういう気持ちがあったからこそ、いま成長を実感できているという面もあります。

同じ状況にいる親御さんへ

最後に、いま私は二児の親でもあるので、その立場から思うことを書きます。

本音を言えば、学校に通えるならそれに越したことはない、といまでも思っています。

ただ、同時にこうも思います。

「行かせるべきか、休ませるべきか」で悩んでいる方に、私からお伝えできるのは、その二択の間にも道はあるということだけです。私にとっては、それが通信制でした。

具体的に親御さんができることについては、不登校の子の進路、親にできることにまとめています。あわせて読んでいただけたらと思います。


もし通信制高校を選択肢のひとつとして考えてみようと思われたら、まずは資料を取り寄せて、実際の中身を見てみるのがいちばん早いと思います。

私自身、親が資料を取り寄せてくれたことが最初の一歩でした。パンフレットを見て「こういう学校もあるのか」と知るだけでも、選択肢の見え方は変わります。

資料は各学校の公式サイトから無料で請求できます。

私の場合、進路が動き出したきっかけは親が資料を取り寄せてくれたことでした。いま同じことをするとどうなるかを、自分で試して記録しています。

まとめ

中学で不登校だった私は、通信制高校を4年かけて卒業し、いまは経営者として働いています。この経験から言えることを整理します。

  • 私にとって通信制は、「行きたい自分」と「行きたくない自分」の間にあった選択肢でした
  • 卒業できた最大の理由は、4年かけて卒業する道を選び、余裕を持てたことです
  • 社会に出てから、学歴で困ったことはほとんどありませんでした。いまは人を雇う側になり、通信制の生徒を積極的に採用しています
  • 一方で、通信制の自由度が合わない人もいます。「通信制なら大丈夫」と言うつもりはありません
  • 学校は行けるなら行ったほうがいい。ただ、無理強いはしないほうがいい——これが、当事者でもあり親でもある、いまの私の考えです